大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)75号 判決

七三号上告人(以下単に「上告人」という。)

保泉義春

右訴訟代理人

関根潔

七四号上告人(七三号引受参加人。以下単に「上告人」という。)

岩浪博

右訴訟代理人

稲葉泰彦

七五号上告人(七三号引受参加人。以下単に「上告人」という。)

内村シズ子

右訴訟代理人

城下利雄

七三、七四、七五号被上告人(以下単に「被上告人」という。)

旧姓 岩井

高橋美子

右訴訟代理人

吉原大吉

横谷瑞穂

七三、七四、七五号被上告人

岩井きよ

七三、七四、七五号被上告人

岩井昭定

七三、七四、七五号被上告人

岩井美智子

右三名訴訟代理人

板谷公弘

主文

原判決のうち被上告人高橋喜美子の上告人保泉義春に対する請求を認容した部分を破棄し、第一審判決のうち右請求に関する部分を取り消す。原判決のうち被上告人高橋喜美子の上告人岩浪博及び上告人内村シズ子に対する請求を認容した部分を破棄する。

前一、二項の部分に関する被上告人高橋喜美子の請求をいずれも棄却する。

上告人らのその余の上告を棄却する。

上告人保泉義春と被上告人高橋喜美子との間の総費用並びに上告人岩浪博及び上告人内村シズ子と被上告人高橋喜美子との間の原審及び当審の訴訟費用は被上告人高橋喜美子の負担とし、前項の上告費用は上告人らの負担とする。

理由

一昭和五六年(オ)第七五号上告代理人城下利雄の上告理由第一について

原審が適法に確定したところによれば、(1) 本件土地はもと岩井晟の所有であつたが、同人が昭和四一年五月二一日死亡したため、同人の妻被上告人高橋喜美子は、その子らとともに本件土地を相続した、(2) 被上告人高橋喜美子は、本件土地については三分の一の持分しか取得しなかつたにもかかわらず、昭和四四年九月一一日本件土地について自己の単独相続による所有権移転登記を経由し、これを前提として、昭和四五年四月上告人保泉義春に対し、同上告人は、昭和四六年一一月上告人岩浪博に対し、同上告人は、昭和五〇年六月上告人内村シズ子に対し、順次本件土地を売り渡していずれもその所有権移転登記を経由した、と判旨いうのである。右事実関係のもとにおいては、被上告人高橋喜美子は、上告人内村シズ子に対し、自己の持分を超える部分についての右所有権移転が無効であると主張して、その抹消(更正)登記手続を請求することは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和四〇年(オ)第七二〇号同四二年四月七日第二小法廷判決・民集二一巻三号五五一頁参照)。

そうすると、被上告人高橋喜美子の上告人内村シズ子に対する本件土地についての所有権移転登記の抹消登記請求を一部認容した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は、この点において理由がある。それゆえ、原判決のうち被上告人高橋喜美子の上告人内村シズ子に対する請求を認容した部分を破棄したうえ、右請求部分を失当として棄却すべきである。

同第二について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

二昭和五六年(オ)第七三号上告代理人関根潔の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

三昭和五六年(オ)第七四号上告代理人稲葉泰彦の上告理由について

民法八二六条所定の利益相反する行為にあたるか否かは、当該行為の外形で決すべきであつて、親権者の意図やその行為の実質的な効果を問題とすべきでないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和三四年(オ)第一一二八号同三七年一〇月二日第三小法廷判決・民集一六巻一〇号二〇五九頁、同昭和四〇年(オ)第一四九九号同四二年四月一八日第三小法廷判決・民集二一巻三号六七一頁)とするところであるから、原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件遺産分割の調停が無効であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

四昭和五六年(オ)第七三号、同第七四号について

判旨職権をもつて調査するに、原審が適法に確定した前記一の事実関係のもとにおいては、被上告人高橋喜美子が上告人保泉義春及び上告人岩浪博に対し、自己の持分を超える部分についての右各所有権移転が無効であると主張して、その抹消(更正)登記手続を請求することは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。

そうすると、被上告人高橋喜美子の上告人保泉義春及び上告人岩浪博に対する本件土地についての各所有権移転登記の抹消登記請求を一部認容した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決のうち被上告人高橋喜美子の上告人保泉義春及び上告人岩浪博に対する請求を認容した部分を破棄し、第一審判決のうち被上告人高橋喜美子の上告人保泉義春に対する右請求に関する部分を取り消したうえ、右請求部分をいずれも失当として棄却すべきである。

五結論

以上の次第であるから、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九二条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶)

上告代理人関根潔の上告理由

一、原判決の結論からすれば民法九〇九条但書の法意が全く無視されてしまふのできわめて不当であり、同条但書の解釈を誤つているものというべきである。即ち上告人が被上告人岩井喜美子より本件土地を買受けた当時はすでに岩井喜美子単独名義で相続を原因とする所有権移転登記をされていたものである。上告人保泉としては適法に岩井喜美子が相続によつて本件土地の所有権を取得したものと信じて買つたわけであり、まさに善意の第三者である。即ち民法九〇九条但書にいうところの善意の第三者である。

従つて被上告人岩井きよ、同岩井昭定、同岩井美智子等は自己の所有権取得をもつて善意の第三者である上告人保泉に対して対抗出来ないものというべきである。従つて民事訴訟法第三九四条にいうところの判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背あるものというべきであり、原判決は破毀されるべきである。

二、しかもこれは上告人にとつては後日判明したことであるが水戸地方裁判所下妻支部において岩井俊郎と岩井喜美子との間において遺産分割の調停が為され調停調書まで出来ている。その調停の席上において本件係争土地が岩井俊郎ではなくて岩井喜美子の方に属することが確認されている。しかも相続人としては岩井喜美子の他に喜美子の子供である被上告人等のいることが前記水戸地方裁判所下妻支部における調停の席上でもはつきりと判明しているわけであり、それにもかかわらず本件土地について岩井喜美子の単独所有を確認している。私人間で為すところの遺産分割の協議であるならいざしらず、いやしくも下妻支部という裁判所で為されたのであるから子供達のために特別代理人が選任されていなくとも、充分子供達のことも前記裁判所では考えたはずである。その上であえて本件係争土地について岩井喜美子の単独所有を確認したのであるから、岩井喜美子とその子供達の間ではその時点で本件土地については岩井喜美子のものにするということで了解がついていたものということが出来る。従つて今になつて子供達である被上告人岩井きよ、同昭定、同美智子等が自己の権利分を主張するのは禁反言の法理からしても許されないものというべきである。

上告代理人稲葉泰彦の上告理由

第一点

(1) 原判決は、本件土地につき、被控訴人(岩井喜美子)が単独で相続したものではなく、共同相続人の一人として三分の一の共有持分権を有するにすぎないと判断し、その理由として、水戸地方裁判所下妻支部において昭和四六年一月二八日に成立した調停(以下、本件調停という)は遺産分割の調停であつて未成年者たる当事者参加人ら三名につき特別代理人を選任することなく被控訴人が右参加人ら三名の親権者として加わつているから民法八二六条に違反し、右参加人ら三名による追認がない限り無効であるからと断じている。

しかし、本件調停を遺産分割の調停とみることは、現行訴訟及び調停に関する法定管轄を無視した結論である。遺産分割に関する協議ないし調停は、家事審判法九条乙類事件であつて、家庭裁判所の専権に属し、通常裁判所においては処理できないものである。

従つて、訴訟ではもちろん、民事調停においても遺産分割の協議を成立させることはできない。民事調停法第一条に規定する民事に関する紛争には、家庭生活上の利益問題をめぐる紛争を含まないことは論を待たない。

(2) 本件調停は、水戸地方裁判所下妻支部における被控訴人を被告とする更正登記手続請求訴訟が同支部の調停に付されたものであり、仮に、これから遺産分割の協議を裁判所の関与のもとに成立させる必要が存したのであれば、家事審判法一九条により家庭裁判所の調停に付すべきものである。また民事調停法二〇条による受訴裁判所の調停においても、遺産分割の調停を行なうことができるものではない。

(3) 従つて本件調停を遺産分割の調停とみることは誤まりであり、単に遺産分割の結果を取りこんだ民事調停であるとみるのが至当である。そして遺産分割の協議は、裁判外に存し、裁判(民事調停)外の協議において、本件民事調停と結果を同一にする協議が成立していたとみるのが妥当である。

そして、裁判(民事調停)外の遺産分割の協議には、未成年者といえども、法定代理人(特別代理人を含む)を選任せずとも参加でき、遺産分割に関する意思表示をなすことは可能なのである。

ただ、その意思表示を取消しうる場合が出てくるにすぎず、取消をなさない限り、その意思表示は依然として有効である。

(4) 原判決が、本件調停を遺産分割とみて、遺産分割の協議の客観的性質から民法八二六条所定の利益相反行為に当たるとする点は、本件調停の性質を法的に見誤まつているのであり、原判決に影響を及ぼすこと明白な法令違背(民事訴訟法三九四条)である。

本件調停の外に遺産分割の協議は存在し、当該協議で、当事者参加人らは未成年者であるが母親である被控訴人を代理人とせずに自から意思表示をなし、その後この意思表示の取消がなされずにいるのであつて、本件調停は、その結果であるにとどまるのであるから、原判決を破棄のうえ、再度本件遺産分割の事実関係法律関係を十分審理する必要がある。

第二点

仮に本件調停が遺産分割の調停であつても、民法八二六条の解釈につき原判決に影響を及ぼすこと明白な法令の違背(民事訴訟法三九四条)がある。利益相反の判断基準は、行為自体を外形的客観的に考察すれば足りるものではなく、行為の縁由や動機その他の実質的効果等を考慮して決定すべきものである。

行為自体を外形的・客観的に判断すれば足りるとする考えは、取引安全の観点からの判断に外ならないが、本件調停は、水戸地方裁判所下妻支部という裁判所の関与したものであつて、第三者から見て、本件調停が有効とされないとあつては、誠に取引の安全にもとるものと云わねばならない。

本件調停成立にいたる過程において、未成年者らの保護については十分考慮されていて、本件調停を完全に有効としても未成年者らの保護に欠けることはなく、かえつてこれを無効(追認なき限り)とすることにより、第三者(上告人を含め)の保護は全く無視され著しく正義に反する。

上告代理人城下利雄の上告理由

第一、被上告人岩井喜美子の請求について

被上告人岩井喜美子の請求の一部を認容した原判決は、法令の適用を誤つたもので破棄さるべきものと思料する。

第一点 原判決も認定している通り被上告人岩井喜美子は(以下被上告人喜美子と略称する)、本件土地を自己の単独所有の土地として保泉義春に売却したものであるから、若し同被上告人が三分の一の共有持分しか有していなかつたとするならば、他の共有持分三分の二を被上告人岩井きよ、同岩井昭定、同岩井美智子(以下被上告人きよ、同昭定、同美智子と略称する)その他の者から取得して保泉義春に移転すべき(持分移転登記)義務を負つているものであり、斯様な立場に在る被上告人喜美子が、本件抹消登記手続を求めることは、民法第一条第二項の信義則に違反するものであつて、許さるべきではない。

第二点 原判決が、被上告人喜美子に、一部抹消(更正)登記手続の登記請求権を認めた根拠は、必ずしも明らかではない。同被上告人は原判決の認定によると三分の一の共有持分を嘗つて有していたが、その持分を保泉義春に売却してしまつたのであるから、その後は本件土地につき何等の権利を有する者ではないのであつて、共有権に対する妨害排除請求としての一部抹消(更正)登記請求権はない。(同種事案につき最高裁判決―昭和三八年二月二二日第二小法廷判決―は、所有権に対する妨害排除としての抹消登記請求権を有するのは共同相続人らであつて、単独の相続登記をして、目的不動産を他に売却した者ではない旨判断している)

第二、被上告人きよ、同昭定、同美智子の請求について

第一点 原判決には民事調停法第一六条、民法第八二六条の解釈適用を誤つた違法がある。

原判決は、水戸地方裁判所昭和四六年(セ)第三号(訴訟番号昭和四五年(ワ)第四一号)更生登記請求事件につき昭和四六年一月二八日成立した遺産分割に関する調停(甲第一三号証)を民法第八二六条に違反するものとして無効と判断した。右調停は、当時の水戸家裁下妻支部長兼水戸地裁下妻支部長裁判官石沢三千雄、原告岩井俊郎代理人弁護士野口利一、被告岩井喜美子、利害関係人岩井きよ、同岩井昭定、同岩井美智子の四名の代理人弁護士吉野辰雄の三名の法律家と、調停委員、書記官が関与して成立したものであつて、民法八二六条の規定を看過ごしたものではなく、利益相反行為に当らない旨判断した上で成立したものである。

民法八二六条所定の利益相反行為に当たるか否かは、当該行為の客観的性質で決すべきものであることは原判決の説示の通りである。右調停は調停条項にも明らかな通り、原告岩井俊郎に遺産の中のどの部分を与えるか、被告岩井喜美子・利害関係人岩井きよ・昭定・美智子が、四人一団として遺産の中のどの部分をとるかを取決めたものであつて、被告岩井喜美子・利害関係人きよ・昭定・美智子の夫々が、どの遺産を夫々取得するかを取決めたものではない。即ち、遺産中原告俊郎に分割した以外の財産は喜美子・きよ・美智子の共有にしておこうとする趣旨のものであつて、母喜美子と子きよ・昭定・美智子間に何等利益相反がない。

従つて、被上告人等が右岩井俊郎に対し右調停の効力を否定して争つている形跡は全く無い。

原判決は、被上告人きよ・昭定・美智子が調停の効力を争つていることは弁論の全趣旨により明らかである旨判断しているが、それは訴訟技術上のことにすぎないことは明白である。

第二点 原判決には審理不尽ないしは理由不備の違法がある。

原判決は事実摘示欄において、被上告人きよ・昭定・美智子の請求原因を「本件土地の各共有持分権に基づき……更正登記手続を求める」ものとしている。然るに理由欄においては、逆に、上告人喜美子の共有持分の側から判断し、上告人の所有権移転登記は「被控訴人(被上告人喜美子)の三分の一の共有持分権の範囲内でその効力を生ずるにとどまり、右の三分の一の共有持分権を超える部分については実体に符合しない無効の登記といわなければならない」と判断している。

しかし、共有持分権にもとづく妨害排除請求としての一部抹消(更正)登記請求権は、被上告人きよ・昭定・美智子は各自の自己の持分についてのみ有するものである(前掲最高裁第二小法廷判決)。本件において右同被上告人等の共有持分権合計六分の三を超えた部分即ち訴外岩井俊郎の共有持分権六分の一につき、右同被上告人等が抹消登記請求権を有する所以については何等判断を示していないものである。

更に、原判決主文に示す如き更生登記手続が行われると、登記簿上共同相続人の一人である被上告人喜美子が自己の相続分についてのみ相続登記をなしたと同様の結果となり、不動産登記法第三九条に反することになる。

共同相続人の一人が単独名義で相続登記をしたときは、他の共同相続人は更正登記請求権を有するとするのが判例であり、共同相続人の一人は訴訟に参加しない相続人全員のため、夫々の相続分に応じた更正登記を請求することができる旨の判例もある(昭和四三年一二月一一日大阪高民三判、時報五六〇号五二頁)。然し右は、不動産登記法による相続登記が、相続人一人による申請を認め相続人全員の持分を表示することを要求している結果であり、本件においては右第二、第一点で述べた様に、遺産分割に関する調停が成立し訴外岩井俊郎は他の遺産を取得することによつて本件土地に対するその共有持分六分の一を失つたものであり、その持分は被上告人等四名に移り、被上告人喜美子の共有持分も増加した筈である(計数上一五分の一)。すなわち、共有持分割合に異動を生じているものである。そして、被上告人喜美子の増加持分は保泉義春に移転し、岩浪博を通じて上告人に帰属したものである。従つて、被上告人喜美子の本件土地に対する共有持分を相続分と同様の三分の一とする原審判断は審理を尽さなかつた結果というべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例